真田幸村(信繁)ゆかりの神社、まとめ

真田幸村(信繁)ゆかりの神社(三光神社、志紀長吉神社、安居神社)

真田幸村(信繁)ゆかりの神社をまとめました。

関ケ原で西軍が敗れてからは、父・真田昌幸と真田幸村は高野山の九度山で謹慎を命じられていましたが、豊臣と徳川の関係が悪化し、豊臣を助けてほしいと訪ねてきたことで真田幸村は立ち上がり、1614年(慶長19年)大坂城入りしています。

主に大坂の陣(大阪冬の陣・大坂夏の陣)になります。

 

大阪冬の陣で真田幸村が三光神社横付近に真田丸を設ける

三光神社の真田幸村公銅像

1614年(慶長19年)「大坂冬の陣」で真田丸を設けます。場所は大坂城三の丸。東軍は真田丸を攻めますが敗退しました。

最新のテクノロジーによる調査によると三光神社の西隣にある明星中高付近が真田丸であることが明らかになりました。三光神社はその東隣にあります。

  • 真田幸村公銅像
  • 真田の抜け穴跡

三光神社には「真田幸村公銅像」と「真田の抜け穴跡」があります。三光神社に行かれるときは近くの心眼寺も行くことをおすすめします。

  • 住所:大阪市天王寺区玉造本町14-90
  • 交通アクセス:大阪メトロ(地下鉄)長堀鶴見緑地線「玉造駅」、JR環状線「玉造駅」
  • 駐車場:なし

三光神社について詳しくは下の記事をあわせて読んでみてください。

関連三光神社のご利益、お守り、アクセス、真田丸(真田幸村)ゆかりの地について

 

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大坂夏の陣・道明寺の戦いの後、志紀長吉神社で休憩し、戦勝を祈願

真田幸村休憩所跡

1615年(慶長20年)5月6日「大坂夏の陣」の道明寺の戦いの後、大坂城に戻る前に「志紀長吉神社」に立ち寄っています。

真田幸村は志紀長吉神社で戦勝を祈願して、六文銭軍旗と刀剣を奉納しています(当時は日陰大明神という名前)。

  • 真田幸村は志紀長吉神社で戦勝を祈願し、六文銭軍旗と刀剣を奉納
  • 志紀長吉神社の参道に「真田幸村休憩所跡」がある

勝守、勝絵馬や願旗などもあります。

  • 住所:大阪市平野区長吉長原2-8-23
  • アクセス:大阪メトロ谷町線「長原駅」
  • 駐車場:あり

志紀長吉神社について詳しくは下の記事をあわせて読んでみてください。

関連志紀長吉神社のご利益、お守り、アクセス、真田幸村ゆかりの地について

 

安居神社は真田幸村最後の地

安居神社にある「真田幸村公之像」と「真田幸村戦死跡之碑」

特に人気なのが真田幸村が最後の地となった「安居神社」です。1615年(慶長20年)5月7日。

一時は徳川家康を窮地に追い込みますが、安居神社が最後の場所となります。享年49歳。

(立ち寄った「志紀長吉神社」が5月6日で、最後の地となる「安居神社」は5月7日なので、たった1日後の話になります)

  • 境内に「真田幸村公之像」と「真田幸村戦死跡之碑」がある
  • 境内に「さなだ松」がある

真田杉木札や絵馬などもあり。

  • 住所:大阪市天王寺区逢坂1-3-24
  • 交通アクセス:大阪メトロ谷町線「四天王寺前夕陽ヶ丘駅」、阪堺電車阪堺線「恵美須町駅」、JR天王寺駅など
  • 駐車場:なし
  • 拝観時間:拝観時間:7:00~16:00(閉門)

安居神社について詳しくは下の記事をあわせて読んでみてください。

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